BYSTANDER

とりとめもない。

(元)推しのオタクを辞めて。その後

推しのオタク辞めて2ヶ月が経ちました。
いや〜〜本当に気が楽です。元推し、もといAくんのことははまあ普通に好きだけどモチベ結局上がらないし(笑)他にもっと見たい舞台たくさんあるから正直Aくんにそんなにお金かけてられないって感じだし、別に接触も認知もされたくないし。
オタク辞めるって決めて正解だったなって思います。今のところ自分にはDDが合ってる。


推し』というからには一途に応援して、たくさんお金かけて、、って半ば義務(ほぼプレッシャー)のように思ってた気持ちが一切無くなってから楽しいですね。観劇自体を趣味にしていろんな舞台を見られて楽しいです。例え推し(Aくん)が出ていようが、推しのためにクソ舞台にお金を落とすっていうことが私には飲み込めなかったからなあ。
まぁ自分が身を粉にして働いて稼いだお金だからね、好きに使いたいわな。


ちなみに色んな舞台を見るようになってから色んな俳優のお芝居見れて、改めていい俳優は他にたくさんいるな〜って思いました。若手からベテラン、2.5次元からストレートにミュージカル、小劇場まで色々見たし、もっともっとたくさんの舞台が見たいですね。


いつかはまたAくんのオタクに戻るかもしれないし、このままファンでいるかもしれない、はたまた他の俳優のオタクをするかもしれない。それも含めて気ままに舞台オタクしようと思います。
とりあえず今一番楽しみにしているのはもののふシリーズの新作。発表から1ヶ月以上経ったので早く詳細ください。


余力があれば見た舞台の感想ぼちぼち書きたいと思います〜〜
では。

推しのオタク辞めました。

題名の通りです。降りました。
これからはただのファンになります。



モチベ、というよりは推しに対する興味みたいなのがだんだん薄れていっていました。SNSは今までのクセで見ちゃうし、誰かの写真に一緒に写ってたら真っ先に目がいく。贔屓目だろうと1番かっこいいと思う。でもずーーっとなんだかモヤモヤしていました。

私は周りのみんなが言う『推し』という単語と、それに対する自分の行動に違和感を感じていました。一つの舞台を何公演も見たり、グッズを集めたり(ブロマイドのセンチ買いとか無限買取とか)、いつも手紙を書いたり、プレゼントを毎回あげたり、お花を贈ったり、カレンダーや写真集を何冊も買ったり……挙げればキリがないですね。それが出来ないと気付きました。『推しを推す』という行動が出来ないって思いました。

舞台は1公演でも見れれば満足だし(体力とチケットがあればマチソワの2公演を1日で見れば充分)、グッズは買わない時もある、手紙はまぁちょいちょい書くけどそれだけじゃ推しの力にはなれないしね。プレゼントもお花もそんなお金があれば自分に使う、カレンダーや写真集はチェキ1回分くらいの冊数あればいい、そう思ったときに、あれ?これって別に推してる程のことは何も出来てないよなぁって。

昔は全通出来ないにしても公演の半分は観に行った、グッズは見に行くたびにたくさん買って、手紙は毎公演、イベント以外でも金銭面が大丈夫なときはプレゼント贈りました。普段お花が出せる舞台には出ないから1回だけ出せる時にめちゃくちゃ頑張ったし、カレンダーは自分が満足するだけお金の許す限り買いました。
ももう出来ません。



彼のことを嫌いになった訳ではないです。それは断じてない。

でもずーーーっと苦しかった。推しに申し訳なかった。ほかに2推し、3推し、なんて気持ちで作ってみたけれど紛れることはなかったです。2推し、3推しもかっこよくて楽しくて大好きで最推しになりかけたけど、それもしんどかった。
1番大好きでずっと応援したくて推しを応援していたけど裏切ったようで苦しかった。全て自分の身勝手ですけどね。

彼を『推している』というほど力にはなれない(事実なっていない)。2.5次元の舞台であろうとストレートであろうと小劇場であろうと行っていたけど、昔は舞台を見ても本当に楽しくて幸せっていう感情しかなかったのに、今は舞台を見ている途中でもわたし何してんだろうという感情がよぎるようになりました。でも舞台は見ずに接触だけいくようなオタクにはなりたくないです。ていうか正直それオタクじゃねーよなとも思う。接触したいだけなら地下アイドルでも行け。





あとこれは私怨みたいなものも含まれるけど、『自分の好きなキャラクターを演じてくれた俳優』が好き(推し)な人って結構いるじゃないですか。もちろん全然アリだと思います。2.5次元の舞台がこれだけある世の中ですし。でもその舞台のシリーズ、そのキャラクターを演じている俳優しか見ていないのに推しっていう人はどうなんだろう。

その割にSNSがアップされたらきゃっきゃしてたり、ファンイベにだけ行ったりね。この界隈でオタクしてたらある程度の割合でどの俳優にもいるとは思いますが、他の舞台を一切見ていないのに推しって言えるその図々しさ、いっそ羨ましいです(褒めてない)。

別に全通しろとかって話じゃないです。舞台の好みとかモチベとかお金の都合だってあるし。でも推しなら都合が合えば1公演でも他の舞台見に行ったりいろんな仕事をしてるところが見たくなるもんだと思ってるけど違うの?なんで最初からライビュやるつもりでいるの?
ツイッターとかのbioに俳優の名前いっぱい書いてる人見てるとなんとも言えません。


推しにお金を落とさなくなったからオタクを辞めた自分は何なんだろうなあ。





まぁダラダラ書きましたけどこれからはファンとして楽しみます。

推しくん今までありがとう。これからも頑張ってね!

できる限り後悔のない道を選びたいけれど

 

俳優おたくの友人が降りた。それはもう呆気ないほどあっさりと、降りた。

 

友人はわたし同様、推しに対してのモチベーションが下がっていってるのは知っていた。彼女の場合は事務所とか運営に対しての不満が大きかった。推しを人質に取られている、そんな感じだったとおもう。でも、それでも舞台を見るたびやっぱり誰よりもカッコいい、一番大好きだと言っていた。

でも降りた。推しのことは大好きだったんだろうけど追って行くのには彼女の中で限界があったみたいだった。いまは若手俳優以外でおたくをしているらしい。

 

わたしの中では、友人に対して少し憧れがあった。彼女はわたしのおたく友達の中で誰よりも推しに対して頑張っていたと思ったから。働きながら誰よりも舞台に通い、プレゼントも手紙も、誰よりもたくさん渡して頑張っていた。

わたしも自分に出来る限り舞台には通って、手紙も書いた。正直プレゼントはイベントや誕生日の時くらいにしか渡せれていない。彼女に比べたら微々たるものだった。趣味だから、あくまで趣味だから。比べるものではないと知っている。彼女の推しとわたしの推しは全然違う人だし、お金のこともあるから人それぞれの推し方があることもわかっている。

それでもわたしは彼女がうらやましかった。推しだけを真っ直ぐ見て応援している彼女がうらやましかった。

 

若手俳優おたくではなくなった彼女とはこれから会う機会も少なくなるだろう。でもたぶんまたご飯とかいくよね、お互いおたく頑張ろうねと言って別れた。

あれだけお金をかけて応援していた推しを降りて、でもいま彼女は以前より楽しそうにおたくをしているように思える。彼女はどこまでもわたしの先へ行く。

 

 

 

わたしのずっと下がってた推しに対してのモチベーション、戻りつつあります。これというきっかけというよりは、たぶんいまプライベートがぐっちゃぐちゃだからだと思う。4月に入ってから環境が変わって本当にどん底で毎日泣いてる。そんな中で見た推しの笑顔はキラキラしていて本当に眩しかった。その笑顔で、推しの言葉で救われた気がしました。

推しは言葉を飾ることはしないから、その言葉選びでトラブルになることもあるけど。でも、だからこそ、彼の言葉は真っ直ぐわたしに突き刺さる。

 

ああ、だからわたしは推しが大好きだったんだよなって思い出しました。

自分が弱ってる時だけなんて調子いいと思うけど、でもやっぱり離れられないなって思います。俳優おたくを降りた彼女のようには応援できないけど、わたしには本当に微々たることしかできないけど、やっぱり応援したいなって思いました。

 

まあこんなふうにモチベーション戻ってきつつあるタイミングで推しがでるリリイベいけなかったんですけどね…。情報出た時にモチベ下がっててどうしてもチケット取る気になれなくて東京に飛んでまで休み調整する気になれなくて。でもまあ、ほんっと後悔すごいですよ。なんであの時チケ取って休み調整しなかったんだろうって。とりあえず全部抑えてから考えときゃよかったなってずーっと思ってます。

チケや休みを抑えたときはモチベあるけどいざ舞台やイベントのタイミングとなるとモチベがない、反対にモチベがなくてチケも休みも抑えなかったときに限ってモチベが戻って行けないことに後悔する。自業自得なんですけどね、けっこうキツイですね。

‪先の見えない後悔をわたしはこれから何回経験するんだろうか‬。

 

でもきっとこれからも何回も後悔しながら推しを応援して楽しいんだろうな。推しに対して思うことがいろいろありながらも戻ってくる気がします。

 

 

 

 

あと、過去の記事を全て消しました。
何でもないことしか書いていなかったけど、リセットしたくなって。ブログ自体消そうかと思ったんだけど何にも気にせず吐き出せるところがここしかなかったから、ブログ名を変えてやっぱり置いておこうかとおもいます。前以上にとりとめもない、その時の気持ちを良くも悪くも吐き出していくとおもいます。